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ここまで読んでくれた方へ
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空間の中で傾いた楕円をつないだ鎖の先が、三つ葉結び目を描いているところ

ここまで読んでくれた方へ ― 回る円を、3 次元と現実の世界へ

1 ページ目のしくみは、平面の上だけのものではありません。空間の中の線、球の表面、立体の中身へ。そして潮の予報、音楽、写真、Wi-Fi、病院、ブラックホールの写真、葉っぱの形、AI まで。気象庁の潮位や本物の画像を使い、このページの中で計算しながら見ていきます。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

1 ページ目でやったことは、3 つにまとめられます。

  1. 分ける ― 形を、速さの違う回る円の足し算と考える
  2. 測る ― 回るカメラで見て平均し、円の大きさと向きを 1 つずつ取り出す
  3. 重ねる ― 取り出した円を足し直して、形を描く

この「分ける・測る・重ねる」は、平面の上の線だけのものではありません。このページでは、まず A で、空間の中の線、球の表面、立体の中身へと 3 次元に広げるとどうなるかを見ます。続く B では、この考え方が現実の世界で実際に働いている場面を、気象庁の潮位や本物の写真・映像を使い、このページの中で計算しながら見ていきます。

A3 次元に広げる

A-1空間の中の線 ― 筆を本当に持ち上げる

1 ページ目では、筆を上げた移動も、紙の上の線として扱いました。今度は、筆を本当に持ち上げてみます。画を書いているあいだは紙の上(高さ 0)を、筆を上げた移動のあいだは、紙から浮いた山なりの道を通ります。

点の位置は、横 x・縦 y・高さ z の 3 つの数になります。やることは 1 ページ目と同じで、x・y・z のそれぞれを、速さの違う波の足し算に分けます。

同じ速さの成分をまとめると、1 つひとつが空間の中で傾いた楕円を描いて回る輪になります。平面のときの「円」が、3 次元では「傾いた楕円」になるのです。あとは 1 ページ目と同じように、大きい順につないで回せば、ペン先が空間の中の道をなぞります。

ドラッグで回せます
うすい四角が紙。白い線が紙の上に書いた画、点線が筆を持ち上げて移る道です。1 ページ目で選んだ字を引き継ぎます(ボタンで変えられます)。

右端のボタンの三つ葉結び目は、ひもの両端をつないでできる、いちばん簡単な「ほどけない結び目」です。次の式で書けます。

x = sin t + 2 sin 2t, y = cos t − 2 cos 2t, z = −sin 3t

速さ 1・2・3 の成分しか入っていないので、たった 3 つの輪で描けます。字には何百もの輪が必要でしたが、結び目はなめらかなので 3 つで足ります。結び目の数学は、細長い DNA がからまったりほどけたりする様子を調べる研究にもつながっています。

A-2球の表面 ― 球面調和関数

線ではなく「面」を分けることもできます。球の表面の模様や凸凹を、球の上の波(球面調和関数)の足し合わせで表すのです。平面の円の「速さ n」にあたるのが、波の細かさを表す「次数 ℓ」です。次数を上げるほど、細かな凸凹まで表せます。

ドラッグで回せます
次数 0 はただの球。次数を 1 つ上げるごとに、より細かな「球の上の波」が足されて、形が複雑になっていきます(係数は説明のための例です)。

実際に使われている例です。

  • 地球の重力 ― 地球の重力のわずかなむらは、球面調和関数で表されます。代表的なモデル EGM2008 は、次数 2,159(一部は 2,190)まで、数百万個の係数を使っています。GPS の高さを海面の高さに直すときなどに使われます。
  • 宇宙の始まりの光 ― 全天から届く宇宙マイクロ波背景放射のわずかなむらも、球面調和関数に分けて調べます。どの細かさのむらが強いかから、宇宙の年齢や中身の割合がわかります。
  • CG の照明 ― ゲームなどのリアルタイムの CG では、まわりから届く光を、球面調和関数の 9 個の係数(次数 2 まで)で表す方法が広く使われています(2001 年、Ramamoorthi と Hanrahan の研究)。
高低差を強調して、でこぼこのじゃがいものように描いた地球のジオイド
地球の重力のわずかなむらから決めた「ジオイド」(平均の海面を、陸の下までのばした面)を、高低差を 1 万倍に強調して描いたもの。青いインド洋の南は周りより 100 m ほど低く、赤いところは高くなっています。この図のもとになった重力のモデル(GOCO06s)も、球面調和関数の係数の形で配られています。 画像:NASA's Scientific Visualization Studio(The Geoid)
楕円の中に、赤・黄・緑・青の細かなまだら模様が広がる全天の地図
WMAP 衛星が 9 年かけて測った、全天から届く宇宙マイクロ波背景放射の温度のむら。赤いほどわずかに熱く、青いほどわずかに冷たいところで、差は 10 万分の 1 ほどです。 画像:NASA / WMAP Science Team(Wikimedia Commons)
横軸が次数、縦軸がむらの強さのグラフ。次数 200 あたりに大きな山がある
上の地図を球面調和関数に分け、次数 ℓ(横軸)ごとにむらの強さ(縦軸)を並べたグラフ。横軸は、上の図のスライダーの「次数 ℓ」と同じものです。ℓ が 200 あたりの大きな山は、角度にして約 1 度の大きさのむらがいちばん強いことを表します。山の位置と高さから、宇宙が平らであることや、宇宙の中身の割合がわかりました。 画像:NASA / WMAP Science Team(WMAP 3 年分と地上の観測。Wikimedia Commons)

A-3立体の中身 ― 3 次元のフーリエ変換

線や面だけでなく、立体の中身も「波」に分けられます。3 次元のフーリエ変換です。

  • MRI ― MRI は、体の断面の写真を直接撮っているのではありません。体の中の「波の成分(フーリエ係数)」を 1 つずつ測って並べ(この置き場を k 空間と呼びます)、それを足し合わせて(逆フーリエ変換して)画像を組み立てています。1 ページ目の「測って、重ねる」そのものです。このあとの B-5 で、実際の MRI の画像を使って試せます。
  • 結晶や分子の形 ― X 線を結晶に当ててできる模様(回折像)は、結晶の中の電子の分布をフーリエ変換したもの(の大きさ)にあたります。1952 年にロザリンド・フランクリンらが撮った「写真 51」は、DNA が二重らせんであることを示す決め手の 1 つになりました。いまもタンパク質の形の多くが、この方法で調べられています。
白い背景に、黒い小さな点が同心円状にたくさん並んだ X 線回折像
タンパク質(タウマチン)の結晶に X 線を当ててできた回折像(2014 年)。点の 1 つひとつが、結晶の中の電子の分布の「波の成分」の大きさにあたります。足りない「向き(位相)」を別の方法で補い、逆フーリエ変換して、分子の形を組み立てます。(写真 51 は国によって著作権の扱いが分かれるため、ここでは別の回折像を載せています。) 画像:Perditax / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0。縮小しています)

B現実の世界で回る円

ここからは、回る円(フーリエ変換)が、現実の世界で実際に働いている場面を見ていきます。

どの場面も、1 ページ目の「分ける・測る・重ねる」と同じことをしています。違うのは、分けるものが字の線ではなく、潮の高さだったり、音だったり、写真だったり、電波だったりすることだけです。図はできるだけ本物のデータや画像を使い、このページの中で計算して動かしています。

B-1潮の満ち引き ― 円を足す機械と、気象庁の潮位表

B-1-1潮は「周期のわかっている波」の足し算

潮の満ち引きは、月と太陽の引力が地球の海を引っぱることで起きます。月や太陽の動きには決まった周期があるので、潮も「周期のわかっている波」の足し合わせとして表せます。1 つひとつの波を分潮と呼びます。

  • M2(主太陰半日周潮)― 月による、12.42 時間ごとの波。いちばん大きい
  • S2(主太陽半日周潮)― 太陽による、ちょうど 12 時間ごとの波
  • K1(日月合成日周潮)・O1(主太陰日周潮)― 約 1 日ごとの波。月の通り道が赤道からずれていることで生まれる
ガラスの展示室に置かれた、丸い滑車と歯車がジグザグに並ぶ潮汐推算機
ケルビン卿の設計で 1872 年に作られた、最初の潮汐推算機(ロンドン科学博物館所蔵)。ジグザグに並ぶ丸い部品が分潮ごとの滑車で、1 本のワイヤーがその上と下を交互に通っています。 写真:Daderot / Wikimedia Commons(CC0)

1872 年、イギリスのケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は、10 個の分潮を機械で足し合わせる潮汐推算機を考えました。分潮ごとに 1 つの滑車があり、それぞれ決まった速さで回ります。1 本のワイヤーが滑車の上と下を交互に通り、その先のペンが、すべての滑車の上下の動きを足した高さを紙に描いていきます。1 ページ目の「回る円の鎖」を、歯車と滑車で作ったものです。こうした機械は、計算機が普及する 20 世紀の半ばまで、世界中の港の潮汐表づくりに使われました。

B-1-2本物の潮位表に、分潮を当てはめてみる

下の白い線は、気象庁が公開している東京の 2026 年 10 月の推算潮位(1 時間ごと、744 個の値)です。このデータに、分潮を選んで当てはめてみてください。選んだ分潮の大きさと向き(遅れ)は、データにいちばんよく合うように、その場で計算して決めています。

白:気象庁の推算潮位。青:選んだ分潮の足し算(大きさと遅れは、このデータから最小二乗法で決めています)。
出典:気象庁「潮位表 東京 2026 年」をもとに株式会社Game作成(10 月の 1 時間ごとの値を取り出したもの)。

M2 だけでは、約 15 日ごとに来る大潮・小潮のうねりが表せず、ずれ(標準偏差)は 33 cm ほどあります。主な 4 つの分潮で 6.5 cm、8 つで 3 cm ほどまで縮みます。M2 と S2 は周期がほんの少しだけ違うので、約 15 日ごとに向きがそろって強め合ったり(大潮)、逆を向いて弱め合ったり(小潮)します。大潮が新月と満月のころに来るのは、そのとき月と太陽が一直線に並び、二つの波の山がそろうからです。

ここでしている「周期のわかっている波の大きさと遅れを、データから測る」ことは、1 ページ目の「回るカメラで見て平均する」と同じ考え方です。ただ、1 か月分のデータでは、周期がとても近い分潮(S2 と K2、K1 と P1)は見分けきれません。気象庁は何年分もの観測から 60 個の分潮の大きさと遅れ(調和定数)を決め、それを足し合わせて潮位表を作っています。

実際の海面は、ここに風や気圧の影響(高潮など)が加わるので、推算潮位から数十 cm ずれることもあります。推算潮位は、月と太陽の引力だけで決まる「天文潮」です。

B-2音と音楽 ― 耳の中でも、フーリエ変換が起きている

音は空気の振動です。どんな音も、高さ(周波数)の違う波の重なりとして分けられます。下のボタンで音を鳴らすと、その音の成分(スペクトル)と、その時間の流れ(スペクトログラム)が見えます。計算はブラウザの中の FFT(Web Audio の AnalyserNode)がしています。

上:いまの成分の強さ(横が周波数)。下:成分の時間の流れ。音が出るので、音量に気をつけてください。
  • 純音は、成分が 1 本だけです。時報の「ピッ」に近い音です。
  • 倍音のある音は、220・440・660・880 Hz……と、元の音の整数倍のところに成分が並びます。楽器や声の「音色」の違いは、この倍音の並び方の違いです。同じ「ド」でも、ピアノとバイオリンで聞こえ方が違うのはこのためです。
  • 和音は、ド(262 Hz)・ミ(330 Hz)・ソ(392 Hz)の 3 本です。耳は、混ざった音をこうして分けて聞き分けています。耳の奥の蝸牛(かぎゅう)は、場所ごとに反応する高さが違い、音を高さごとに分ける仕組みになっています。
  • 声を入れると、母音ごとに強く出る高さ(フォルマント)が違うのがわかります。「あ」と「い」で模様が変わります。音声認識の AI も、まずこのような成分の模様を入口にしてきました。

MP3 や AAC などの音の圧縮は、この成分に分けたうえで、大きな成分のすぐそばにあって人の耳には聞こえにくい成分を省くことで、ファイルを小さくしています。楽器のチューナー、イコライザー、ノイズキャンセリングも、成分に分けて扱う技術です。

B-3写真(JPEG)― 8 × 8 の区画を、64 個の波に分ける

スマホの写真の多くは JPEG という形式で保存されています。JPEG は、写真を 8 × 8 画素の小さな区画に分け、それぞれを「なだらかな模様から細かな模様まで」の 64 個の波の模様の足し算に分けます(離散コサイン変換。フーリエ変換の仲間で、cos の波だけを使うもの)。

使っている写真:1968 年 12 月 24 日、アポロ 8 号から撮られた「地球の出」。写真:NASA(AS08-14-2383)

左:元の写真(白黒にしています)。右:各区画で、なだらかな方から数えた波だけを残して組み立て直したもの。右端は 64 個の波の模様で、残したものが明るく光ります。

残す波を減らすと、細かな模様から消えていき、区画の境目がタイルのように見えてきます。JPEG の画質を下げたときに出る「ブロックノイズ」の正体です。それでも、6 個(全体の 1 割足らず)でも、写真の中身はほとんどわかります。人の目は、なだらかな明るさの変化には敏感ですが、細かな模様の細部には鈍いからです。

実際の JPEG は、波を「残す・捨てる」の 2 択ではなく、細かい波ほど粗く記録し(量子化)、0 が続くところをまとめて短く書く工夫で、ファイルを 10 分の 1 ほどにしています。動画の圧縮(H.264 など)も、同じ仲間の変換を使っています。

B-4Wi-Fi・スマホ・地デジ ― 「ありがとう」を 16 本の波に載せて送る

Wi-Fi、4G・5G の携帯電話、日本の地上デジタル放送は、OFDM という方式でデータを送っています。データを、周波数の少しずつ違うたくさんの波(サブキャリア)に分けて同時に載せ、逆フーリエ変換で 1 本の電波にまとめて送ります。受け取る側は、FFT で一気に分け直します。

下の図では、「ありがとう」という文字(15 バイト = 120 ビット)を、16 本の波に載せて送っています。1 本の波は、向き(位相)の違いで 2 ビットを運びます(QPSK)。

左(上):16 本の波と、それを足し合わせて送る 1 本の波。右(下):受け取った波を FFT で分け直した 16 個の点。4 つの点線の輪のどれに近いかで、2 ビットずつ読み取ります。

足し合わせた波はぐちゃぐちゃに見えますが、FFT にかけると、16 本の波がそれぞれ運んでいた点がきれいに戻ってきます。1 ページ目の「直交性」のおかげで、速さの違う波どうしは混ざらないからです。雑音を大きくすると点が散らばり、輪を飛び越えた点のビットが間違って、文字が化けていきます。

たくさんの波に分けるのは、1 本の速い波で送るより、建物などで反射して遅れて届く電波(マルチパス)に強いからです。実際の Wi-Fi(IEEE 802.11a/g)は 64 点の FFT で 52 本の波を使い、新しい規格ではさらに多くの波を使っています。あなたがいまこのページを読めているのも、どこかで回る円のおかげかもしれません。

B-5病院 ― MRI は「波の成分」を 1 行ずつ測っている

MRI は、体の断面の写真を直接撮っているのではありません。強い磁石と電波で体の中の水素の原子核をそろえて揺らし、場所によって揺れの速さや向きが少しずつ違うようにしておきます(傾斜磁場)。すると、受け取った信号の 1 つひとつが、画像の波の成分(フーリエ係数)そのものになります。測った成分を並べたものを k 空間と呼び、それを足し合わせて(逆フーリエ変換して)画像を組み立てます。

使っている画像:頭部を横から見た MRI の断面。画像:Oliver Stollmann / Wikimedia Commons(Attribution。白黒・縮小しています)

左:k 空間(明るいほど大きな成分。まん中ほどゆっくりの波)。右:そこから組み立てた画像。
  • 1 行ずつ測っていく:実際の MRI も、k 空間を 1 行ずつ埋めていきます。まん中の行が測れた時点で、ぼんやりと全体の形が現れ、外側の行が埋まるにつれて細部がくっきりしていきます。撮影に時間がかかるのは、この 1 行ずつの測定を何百回もくり返すからです。
  • まん中だけ:明るさや大まかな形は、ゆっくりの波(k 空間のまん中)に入っています。細部はぼやけます。
  • 外側だけ:輪郭や細かな模様は、速い波(k 空間の外側)に入っています。

近年は、k 空間の一部だけを測り、残りを数学や AI で補うことで、撮影時間を短くする方法も実用化されています。CT も、いろいろな向きから撮った X 線の「影」を、フーリエ変換の性質(投影切断面定理)を手がかりに組み合わせて、断面を組み立てています。

B-6宇宙の写真 ― 地球の大きさの望遠鏡で、ブラックホールを撮る

青空の下、茶色い高原に白いパラボラアンテナがたくさん並ぶ
南米チリ、標高 5,000 m のチャナントール高原に並ぶアルマ望遠鏡のアンテナ(左、2011 年)と、天の川の下でアンテナがいっせいに同じ向きへ動くタイムラプス(右)。66 台のアンテナを最大 16 km 離して並べ、1 台の大きな望遠鏡として使います。 左:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/W. Garnier (ALMA)(eso1137g)。右:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/Y. Beletsky (LCO)/ESO(uhd_yb_alma_03。音声と前後の表示を外し、縮小しています)。どちらも CC BY 4.0

電波望遠鏡は、遠く離れた何台ものアンテナを組み合わせて、1 台の大きな望遠鏡のように使うことができます(電波干渉計)。アンテナの組ごとに、届いた電波の「ずれ方」を比べると、空の明るさの分布の波の成分を 1 つ測ることができます。アンテナの間の距離(基線)が長い組ほど、細かい波(細部)を測れます。

地球が自転すると、空から見たアンテナの組の向きと長さが少しずつ変わり、測れる成分が増えていきます。こうして集めた成分を足し合わせて(逆フーリエ変換して)、画像を組み立てるのです。MRI と同じ「測った成分から画像を作る」考え方です。

暗い背景に、オレンジ色に光るリング。まん中が暗い オレンジ色に光る、少しいびつなリング。まん中が暗い
左:M87 銀河の中心のブラックホール(2019 年公開)。右:天の川銀河の中心のブラックホール、いて座 A*(2022 年公開)。どちらも 2017 年の観測で、光のリングのまん中の暗いところが、ブラックホールの影です。M87 のブラックホールは太陽の約 65 億倍、いて座 A* は約 400 万倍の重さがあります。 画像:EHT Collaboration(eso1907a・eso2208-eht-mwa、CC BY 4.0。左は正方形に切り抜いています)

2019 年に公開された M87 銀河の中心のブラックホールの写真は、世界 6 か所・8 台の電波望遠鏡をつないだイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)で、2017 年に観測されました。いちばん長い基線は地球の直径に近く、まるで地球の大きさの望遠鏡です。2022 年には、私たちの天の川銀河の中心のブラックホール(いて座 A*)の写真も公開されました。

アルマ望遠鏡の上の夜空から、おとめ座の方向にある M87 銀河の中心へ、だんだん寄っていく映像(約 55 秒)。最後に、EHT が撮ったブラックホールの影が現れます。 映像:ESO/L. Calçada, Digitized Sky Survey 2, ESA/Hubble, RadioAstron, De Gasperin et al., Kim et al., EHT Collaboration(eso1907c、CC BY 4.0。音楽を外し、縮小しています)

下の図は、その考え方を確かめるための、ごく簡単なまねです。M87 の写真を「本当の空」とみなして、2017 年の EHT の観測地のうち M87 が見えた場所のアンテナで、地球の自転とともに波の成分を測っていきます。

左:測った成分の場所(アンテナの組 × 時刻。点線の円は、地球の直径の長さの基線で測れる範囲)。中:そこから組み立てた画像。右:元の画像。説明のために簡単にしています(地平線の下にある時間も測れたことにしているなど)。

「地球全体がアンテナだったら」を押すと、すき間のない 1 枚の大きなアンテナを、小さいものから地球の大きさまで広げていきます。アンテナが大きいほど、より細かい波(速い波)の成分まで測れるので、ぼんやりした光の塊が、だんだんリングの形に見えてきます。「望遠鏡は大きいほど細かいものが見える」ということを、波の成分で言いかえたものです。

この図の縮尺は、本物に合わせてあります(波長 1.3 mm の電波で、リングの直径は 42 マイクロ秒角。地球から見ると、月の表面に置いたドーナツほどの小ささです)。リングの形が見え始めるのは、アンテナが地球の半分ほどの大きさになってからです。それより小さい望遠鏡では、ブラックホールの影は見えません。EHT が「地球の大きさの望遠鏡」を必要とした理由です。そして本物の EHT が測れるのは、この円の中のほんの一部(「地球の自転で測っていく」の点)だけです。

測れる成分がまばらなので、組み立てた画像には、本物にはない縞や影が混ざります。EHT は、ここからさらに「本物の空らしい画像」を選び出す数学的な手法を何通りも使い、どの手法でも同じリングが現れることを確かめてから、写真を公開しました。

B-7形をはかる ― 葉っぱの輪郭を、回る円で描く

1 ページ目とほとんど同じ技術が、生き物の形の研究で使われています。葉などの輪郭をなぞって点の並びにし、回る円(楕円)の足し算で表すのです(楕円フーリエ記述子、Kuhl と Giardina、1982 年)。下の図は、本物の秋の葉の写真から輪郭を取り出し(2,048 個の点)、1 ページ目と同じ計算で描いたものです。

使っている写真:秋の葉。写真:Ischa1 / Wikimedia Commons(パブリックドメイン。白い背景を消しています)

うすく写っているのが元の写真、白い線が回る円で描いた輪郭です。

ゆっくりの円だけでも、葉の大まかな形(細長いか、丸いか)は表せます。速い円を足すと、先のとがり方や、ふちのギザギザまで描けるようになります。この円の大きさの並び(係数)を数字として比べれば、「この品種の葉は、あの品種より先がとがっている」といった違いを、目で見た印象ではなく数字で示せます。

岩田洋佳さん・鵜飼保雄さんが 2002 年に公開したソフト「SHAPE」は、この方法で生き物の形を数字にするための道具で、かんきつの葉の形がどう遺伝するかを調べる研究などに使われています。

B-8AI の中にも ― 並び順を、速さの違う波で伝える

いまの対話型 AI のもとになった Transformer(2017 年)は、文章の単語をいっせいに読みます。そのままでは、どの単語が何番目にあったのかがわかりません。そこで、それぞれの位置に、速さの違う sin と cos の波でできた「位置の模様」を足しました。

Transformer の論文の式どおりに計算した、位置の模様(64 成分 × 48 個の位置)。横に見ると、左の成分ほど速く、右の成分ほどゆっくり変わる波になっています。

速い波は近くの位置の違いを、ゆっくりの波は遠くの位置の違いを見分けるのに役立ちます。時計の秒針・分針・時針で時刻を表すのと同じで、いくつもの速さの波を組み合わせると、どの位置にも、ほかと違う模様をつけられます。

  • 写真から 3 次元の景色を作る AI ― NeRF(2020 年)は、空間の位置を速さの違う波に分けてから学習させることで、細かな模様まで再現できるようにしました。このページの A の 3 次元の話と、ここでつながります。
  • 流れや天気の計算を学ぶ AI ― フーリエ・ニューラル・オペレーター(2020 年)は、フーリエ変換した世界で計算することで、流体の動きなどを速く予測します。

—おわりに

2 世紀のプトレマイオスは、惑星の動きを「円の上を回る円」で説明しようとしました。1807 年、フーリエは、どんな形も波の足し算で表せると考えました。それから 200 年あまり、この考え方は、潮の予報から携帯電話、病院、宇宙の写真、AI まで、私たちの暮らしのすみずみで回り続けています。

複雑に見えるものを、分けて、測って、重ねる。その単純な手順が、こんなにも遠くまで届いている。回る円が書いた「ありがとう」は、この考え方を積み重ねてきた人たちへの「ありがとう」でもあるのかもしれません。

次のページ「もう少し読みたい方へ」には、このコラムを作った理由と、AI とアイデアについて、書き手がいま考えていることを書きました。もう少しだけ、お付き合いいただけたらうれしいです。

出典・使わせていただいたもの

  • 筆順データ: KanjiVG(© Ulrich Apel, CC BY-SA 3.0、r20260714。LICENSE)
  • 潮位: 気象庁「潮位表 東京 2026 年」をもとに株式会社Game作成(気象庁ホームページについて・公共データ利用規約 第1.0版 に基づく)
  • ジオイドの図: NASA's Scientific Visualization Studio「The Geoid」(Visualizer: Mark SubbaRao, Science advisor: Scott Luthcke)
  • 宇宙マイクロ波背景放射の地図とグラフ: NASA / WMAP Science Team(WMAP_2012.png・PowerSpectrumExt.svg)
  • X 線回折像: Perditax「Thaumatin diffraction.png」(CC BY-SA 4.0。縮小)
  • 潮汐推算機の写真: Daderot(Wikimedia Commons、CC0)
  • JPEG の図の写真: NASA「地球の出」(AS08-14-2383)
  • MRI の図の画像: Oliver Stollmann(Mri brain side view.jpg、Attribution。白黒・縮小)
  • アルマ望遠鏡の写真: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/W. Garnier (ALMA)、映像: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/Y. Beletsky (LCO)/ESO(CC BY 4.0)
  • ブラックホールの画像: EHT Collaboration(CC BY 4.0)。電波干渉計の図の「元の画像」も、この M87 の画像です
  • M87 へ寄っていく映像: ESO/L. Calçada, Digitized Sky Survey 2, ESA/Hubble, RadioAstron, De Gasperin et al., Kim et al., EHT Collaboration(CC BY 4.0。音楽は外しています)
  • 葉の写真と輪郭: Ischa1「Eenbruinigherfstblad.jpg」(パブリックドメイン)から株式会社Gameが輪郭を取り出したもの

図はすべて、このページの中(あなたのブラウザ)で計算しています。球面調和関数の図の係数は、説明のための例です。電波干渉計の図は、考え方を見るための簡単なまねで、実際の EHT の解析とは違います。